バトルバディ・ア・ラ・カルト
 


     
5.5



こちらは一件落着ということで、
乱歩さんが気を利かせて呼んでくれたらしい、軍警の担当官に、
すっかりとうなだれているパーカーの青年を引き渡し、
移送車へ曳かれてゆくのを、そこまでが責務というわけでもないが、つい見送る。

「余程のこと、俺たちを引き付けておく自信があったんだろな。」
「一般人だってのに鬼気迫る中也の蹴撃にあれだけ耐えて見せたのはなかなか。」
「…っ

特に悪事慣れしてスレたような人物ではなく、
むしろ一途な思い詰めから走ってしまった凶行なのは明白で。

「自分の生業を棚に上げるつもりはねぇが、
 それでもあんまり後味の良い話じゃあなかったな。」

大臣を殺すという脅迫文を送付している以上、
金塊さえ奪われなきゃあいいってもんじゃあない。
一味として仲間がまだいるのなら確保せねばならないし、
ままそこまでは依頼されてはないとしても、
金目当てじゃあない怨嗟がらみの犯行ならば、
もう一方のお仲間は、窮地に立たされたならどんな捨て鉢にならぬとも限らない。
そんなこんなから、
そちらは探偵社の面々が周辺に詰めている慰霊祭会場の裏、
廃坑跡へ向かうことになっている二人でありはするのだが、

「…。」

廃工場を青く染めて煌々と照らす月光の下、
見送るのにと佇んでいたその余韻の中、
中也がジャケットの懐からシガレットケースを取り出し、
夜陰の中に白く浮かび上がる紙巻を1本咥えると、やや俯いて伏し目がちとなり、
手で囲った先へ細身のライターでパチンとそれは手際よく火を点ける。
一連の所作には一切の無駄がなく、
ふうと最初の紫煙を吹き出すまでを見るともなく見ていた太宰が、
ふと、

「敦くんの前では吸ってないんだってね。」
「…そっから聞いてたんか、手前

『なし崩しじゃあ ノーグッド』参照(笑)…じゃあなくて。
相変わらずに打てば響くのいい反応なのはさておき、

「芥川くんの前でも吸ってないんだろ?」
「? 当たり前だろ。」

潮風のせいか それとも幼いころに居た貧民街の空気が悪かったせいか、
時折 辛そうな咳が出て止まらぬほど気管が弱いのだ、
そんな青年の前で煙を吐いてどうすんだと、至極当然なことのように言う。
まだ22だというにこうまで火を点ける所作が絵になる彼で、
もしかせずとも未成年のうちから親しんでいたことは太宰も知っており。
だというのに、同坐する相手によっては徹底して吸わないでいられもする。
そういう心遣いが自然とこなせて、

 “溜息さえ我慢出来たっていうしなぁ。”

体術を身につけるのに相当厳しい鍛錬を積んだというから、
精神的なところも逞しい人なんだねぇと、
こんな間合いで想いが至ったのは。
先程の青年へ太宰が告げた一言へ、
庇うような、はたまた同情めいた声掛けは一切しなかった彼だったから。
人情家ではあるが、仲間への情は厚い彼ではあるが、
だからと言ってずるずるとだだ甘いというわけでもない。
傍にいる愛し子の言動に時々振り回されてはいるが、
引きずり回されてはいないのが頼もしいものだと思う。
なので、

「…芥川くん、最近どうなの。」
「どうって…。」

ほぼ毎日のように逢っててまだ何か知りたいかと、
あまりの独占欲に呆れたか 細い眉を吊り上げかけたが、
そんな筈はないなと自分で答えを出した末、

「仕事ぶりってことなら本来なら他言は出来ねぇ話だが、」

肉づきの薄い口許に白いフィルターを咥え、
ちょっと煙たそうな顔になったのは周囲の風向きが少しほど変わったからか、
それとも心持ちへ引っ掛かる何かがあってのことか。
ほんの鼻先の何かを吹き飛ばすよに ふっと紫煙を吐き出して

「まあ安定してはいるな。」

さらりと言い、

「独断専行は相変わらずで、
 止める間もなく突っ込んでくケースも減っちゃあいないが、
 そんでも大したことねぇ相手だと見切れば傍観に回れるようになった。」

異能もまた人の器から繰り出される力ゆえ、
体力や気力と同じで連続して使えば消耗も疲弊もする。
だというのに、いやさ、だからなのか、
あの漆黒の覇者殿には、先手必勝で畳みかけ、一気に片を付けんとする悪い癖があって、
孤立させて救援が来るのと一緒くたに…なんてな作戦を立てていたの、
あっさり無視して鏖殺などという蛮行までやらかしちゃあ、
師匠である太宰からしまいには銃まで持ち出すほどのこっぴどい罰を受けてもいたが、
さすがにそこいらへの理解は何とか追いついたらしいということか。
だが、

「してはいるってのは?」

言い回しが微妙だったところ、
ちゃんと気に留め、そこを紐解くように、
あくまでも静かな声で訊く太宰なのへ、

「…微妙なところでな。」

どう言やぁいいものか、若しくは自分の考えすぎかもしれぬということか。
帽子の鍔で目許が隠れたのはやや俯いたからで、それだけの逡巡を覗かせてから、

「これまでは手前に認められたいって判りやすい目標みたいなもんがあった。
 もはやそれこそがアイデンティティみてぇなもんだとでも思っていたか、
 それこそ気が狂いそうなほど欲してたそれへ辿り着いて。」

その点へはこちらの彼も我がことのように安堵したらしかったものの、
その先がなぁと言葉を濁す。

 「充足はしただろうが、それで良しとはならねぇかもしれん。」

俺だって時々血が沸くような相手とかち合えば、
追い詰められてもワクワクしちまうし、
作戦なんぞ糞食らえとやり合う興奮を優先して駆けだしちまいそうになる。

「歯ごたえのあった好敵手だった敦が、身内みたいな間柄になっちまって。
 今じゃあ庇い立てするほどだろ?
 餓つえて吠えていた頃のぎらぎらとしていた揮発性とか、
 身を焼くような滾りとすっかり疎遠になった身なのに気付いて、
 欠落感に倦んでしまわにゃいいがな。」

紙巻の先から白くなった灰が落ちる。
やや癖のある独特の香を含んだ煙が、細い糸のように流れて、
中也の伏し目がちになった目許、睫毛の先を掠めてゆく。

「…あの子はキミのような体力馬鹿じゃあないが、それでも感じるものかね。」

戦い方だってその基礎部分は自分が見初め、育てたという自負があるものか、
太宰としては、自身の理解の範疇外なことを言われてもという反駁を構えてしまっても致し方ない。
それへ、いちいち癇に障る言い回しすんなと目を吊り上げた中也だったが、

「頭優先、要領よく躱すレベルの格闘術しか身につけてないし
 それでいいと割り切ってる手前には理解の外だろな。」

勿論、それでいいんだ、
それ以上のパワーや近接型の勘が要りような作戦だってんなら、
ちゃんと思うよに動ける脳筋馬鹿を連れてって任せりゃいい。
だが、こういうタイプの人間もいるんだってこと、
俺らには奸計使って人を貶めるよな“勝ち方”で得られる快感がよく判らんように、
命落とすようなバカげた無謀へ、それでも誘惑に負けるような奴がいること。
理解は出来ずともそういうもんだってのは把握してろ、と。
これは彼なりの見識か、さらりと言ってのけてから、
ふと、何か思い出したかのように、小さく吹き出すように笑い、

「まあ、そのうち敦が爆発しもするだろうから、俺としちゃあ案じちゃあいねぇがな。」
「??? 爆発?」

これはまた意外な存在を持ち出すねぇと、太宰が双眸を見張って見せたが、
中也としては行き当たりばったりで持ちだした名前ではないらしく、

「あれが庇われてばっかで満足するタマかよ。」

芥川を強い奴だと認めておればこそで、ライバル視は続けてほしいと思っていようからな。
それだのに姫様みてぇに庇われてばかりで納得すると思うか?

「怒ると怖ぇーぞ? 敦はよ。」

何を根拠にしているものやら、妙に不敵そうに構えて“ふっふっふ”と笑う彼であり。

「アレが傷もんになるのは困るが、それでもな。
 怒らせてでも本気にさせてやり合うようになる日も近いんじゃね?」

「傷ものってねぇ…。」

ほんの先日、小さな擦り傷切り傷へそりゃあ怒っていたのは誰だったやら。
やっぱり脳筋人間の思考はよく判らないと溜息をつき、
そんな太宰が凭れていた工場の壁から身を浮かす。
訊きたかったことの“未来図”とやらが早くもそのまま展開されているとは思えぬが、
その二人が侵入者を迎え撃っている筈の現場へいざ向かおうとの構えを見せ、
中也も短くなったタバコを携帯用の吸い殻入れへとねじ込んで続く。
少し離れた辺りへ停めてある車までを急ぎかかった彼らだったが、

「待ちねぇ。」

資材や元原料だったらしい荷などが雑然と放置されている倉庫跡。
開けっ放しになっている虚洞のような暗がりから、不意を衝くよな声がして。

「あんたら、余計な横やり入れてくれたなぁ。」

じゃりちゃりと、足元の砂利混じりの砂埃を踏みしめて出て来たのは
十人ちょっとほどだろうか、安っぽい背広姿の角刈り男を筆頭に、
いかにもゴロツキという風体の男らで。

「あの若いのが掠め取った金塊、俺らが売り飛ばす手配を引き受けてたんだ。
 だってのに、軍警に通報してくれようとは。」

「………。」 × 2

それは勿体ぶってのご登場。
あれほど一途な人物がこういう手合いと胸襟開いた知り合いとも思えぬから、
何かの折にうまい話とだけ漏れ聞いて、
そこへだけ便乗しようとしていた調子のいい下層ギャングに違いなく。

「…中也、やっぱり箱入りだってことが証明されたねぇ。」
「うっせぇな、こんなレベルの奴らには知られてなくて重畳だ。」

さあ切り替えだ、次のステージへ乗り込むぞという出鼻をくじかれ、
しかもそんなものでこちらが震えあがるとでも思っているものか、
じゃきりと各々が構えて見せたのが、
機種は不揃いながら、それが見本市のような趣きを醸すサブマシンガンの銃列で。
頭目らしき角刈り男が、それが粋だとでも思っているのか、口の端を吊り上げ歪めて笑って見せ、

「上手く飛び跳ねねぇと靴に穴が開くぜ?」

足元の地面を狙っての一斉掃射を示唆されて、
けっと、こちらも口の端を歪めた中也だったのを見て取ったのと、
耳が痛くなるような弾幕掃射が始まったのがほぼ同時。
妙に鷹揚で毅然とした若いの二人、
怯えたそのまま泡を食い、無様に撥ねて逃げ回る姿に溜飲を下げようととでも思っていたらしいが、

「…うっせぇな。」

一向に怯えた様子を見せないでの突っ立ったまま、
ご近所で道路工事が始まったよ迷惑なという程度の騒音扱い、
ただただ眉をひそめているばかりの彼らであり。
何だこいつらと怪訝そうにむすりとしたのも束の間のこと。
確かに届いている銃弾が容赦なく蹴立てる古い舗装のアスファルト、
だが、それが抉っているはずの足元への感慨は一顧もないものか、
ぶら下げていた手を蠅でも追うようにふと持ち上げたのが
帯付きの帽子に手套、首にはチョーカーを巻いてと、随分とふざけた洒落男の方で。
ぶんっと振り抜かれたその拍子、
弾幕の唸りの陰で“かんかんキンカン…”という甲高い金属音がしたかと思ったそのまま、

「え?」
「が…っ。」
「痛っ。」

双方手ぶらな相手のはずが、ダガガズガガ…っという勢いで弾丸が大量に撃ち込まれてくる。
狙いも確かで、寸分たがわずこちらの手元へと撃ってくるのだが、

「な、何で?」
「何処に隠し持ってやがるっ。」

青いライトが灯っているかのように今宵の月は目映くて、
遮る影もないその上、
向かい合う若造二人は背筋を弓なりに反らせてという良い姿勢で立っており、
その手元も晒されていて、何も持ってはないことは明白。
だというに、
帽子の男が手を振り抜くたび、それは大量の弾丸が撃ち込まれ、

「いい加減、通してくれないかな?」

ずいっと踏み出してきた、やたら包帯を巻いた背の高い方が
ひょいと顔近くまで持ち上げた手の先、
そこいらで拾ったそれらしい針金の切れっ端をピンと弾けば、
狙ったそれなら神業の正確さで一人のマシンガンの装填口部、
給弾ベルトが入るところへ挟まるように飛び込んで…。

「わ。」
「なんだなんだ。」

不具合を起こした一丁が手の中で躍り弾むのへ慌てた其奴が、
ついのこと、隣り合う仲間へ銃口を向けたものだから。
泡を食った面々が列を乱して総崩れとなり、
同士撃ちになって掃射の勢いもぱたりと止む恐ろしさ、

「中也、どうせならこういう風にあっさり黙らせないと。」
「あいにくと俺は常識人なんでな。」

ギャングどもからの弾丸は、全くの全然、
当たってもなければ埃も届かずだったのも道理で、
銃弾の雨あられはすべて、重力使い様が横薙ぎに捌いての始末をし、
一部は撃った者へ丁重にお返ししており。

「急ぐぞ。」
「ああ。」

暴走不具合を起こしたマシンガンに振り回されてる彼らは軍警に任せ、
旧い轍が堅く盛り上がる搬入路を駆け抜けて、改めて第二の舞台へ急ぐ太宰と中原である。


  to be continued.(17.06.02.〜)





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 *急に忙しくなってPCに向かえなくなったので間が空きました。
  あと、最初に考えてた流れだと妙に説教臭い話になっちゃうのでと、
  もう一方のバトル、大きく没にしたせいもあります。
  若いの二人の側の防衛戦、もうちょっとお待ちくださいませね。